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アジアの経済大国シンガポールの発展は外資系企業と政府系企業の歴史

日本の淡路島ほどの大きさしかない小さな国土でありながら東アジアを代表する経済国家となった理由は何なのか。シンガポール発展の原動力は政府主導で行なってきた産業への取組と言える。

元々貿易中継地点としてアジア各国への貿易で成り立ってきたシンガポール。1965年の独立以来工業に力を入れ輸出型の経済国家として成長。1980年代までは工業地帯というインフラを整備し積極的に外資系企業の税金を減免することで誘致、化学・鉄鋼等の重化学工業、石油精製基地としても発展、日本企業の進出もこの頃からあり技術提供や技術者の派遣・投資などの援助を実施。1990年以降はIT化が進み世界でも有数のIT大国に変身(日本よりも圧倒的にITの基盤が強い)国内産業を結ぶITや通信が更に成長中。

シンガポール発展の歴史は強力な政府主導の産業界への参画も大きい。具体的には政府系企業と呼ばれる企業で、民間とも外資系とも違う60年代以降の工業化の中心となり、外資との合弁も目的の1つとなった。シンガポールのほとんどの産業界に進出し60年代の重化学工業、70年代は商業の要となった。政府系企業の独占状態は経済発展の阻害因子となりうる為、80年代になるとシンガポール・テレコムを皮切りにいわゆる国営の独占から民営化が進められた。

この様にシンガポールの企業活動は外資系企業の受け入れと、政府主導の企業とで行われて来たが地場民間企業も忘れてはいけない。国内企業の約8割を民間企業が占めるものの多くは中小企業である。華人の財閥系企業の支配力が強く製造業や金融業は外資系企業の誘致とともに発展してきた。逆に言うと人材は外資系企業や政府系企業に流れる傾向があり民間ベンチャー企業は育ちにくい土壌だったと言える。近年のIT化によってベンチャーが多数出現している。

昨今では貿易もITもマレーシア、インドネシア、タイなど近隣周辺国の追い上げも勢いもあるため、さらなる国際競争力の維持のために強い政府主導の取組が課題となっている。

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