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リー・クアン・ユーという人物

シンガポールを語るときに忘れてはいけない政治的リーダーで「建国の父」と呼ばれているのがリー・クアン・ユーだ。リー・クアン・ユーに関する詳細はwikipediaに掲載されているのでそちらを参照した方が早い。ここでは概要のみ記載しておく。

リー・クアン・ユーは1959年から90年までの30年間にわたりシンガポールの首相を務めてきた。またその後も内閣上級相を歴任した人物。現在のシンガポール首相は息子のシェンロン。

生まれ

曽祖父の代からの清の広東省からの移民でエリート家庭として1923年に生まれた。祖国中国との絆を断ち切り祖父から学んだ英語とイギリスの文化を吸収していた。シンガポールでの彼らのような華人は「海峡華人」と呼ばれていた。ラッフルズカレッジに入学するも戦時の日本軍によるシンガポール占領で学業を中断、戦後はケンブリッジ大学で法律を専攻、弁護士の資格を持っている。

首相

1954年人民行動党を結成、59年初の総選挙で圧勝、36歳で首相となる。1963年シンガポールはマレーシアの一部となるが人民行動党をよく思わないマレーシア政府によって対立が増し、1965年にはマレーシア政府によるシンガポール追放が行われる。リー・クアン・ユーは独立宣言をし、未来のない国家をいかに繁栄させるかに取り組んできた。 水資源も天然資源も乏しいシンガポールを繁栄させるために国民に対する介入を行い、開発独裁の典型といわれる社会を作り上げ、独裁政権ながら今のシンガポールの繁栄を作り上げた功績が大きく今でも「建国の父」として影響力を持っている。


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